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木造迷宮(3)

COMICリュウにて連載中の漫画の単行本。
鳴かず飛ばずの小説家であるシバタニコーイチ(通称ダンナさん)と、素直で可愛く仕事もきっちりこなす住み込みの女中・ヤイさん、2人が織り上げる温かなスローライフを描いている作品です。

今巻前半のお気に入りは、古びたゲタに着古した着物……と、いつでも同じ格好をしているヤイさんを見かねて、サエコさん(コーイチの従妹)がヤイさんを連れて都会へ買い物に出かけるエピソード。
勝手が分からず戸惑うヤイさんを色々な服に着替えさせるサエコさんが、とても生き生きとしています。鼻息を荒くしてヤイさんのファッションショーともいうべき状況を楽しんでいる様子がとてもオッサンくさいんですが、これはこれでイイ。そこには、肉体的にも年齢的にもオトナになってしまった自分では着られないものをヤイさんに……みたいな感情も少しぐらいはあるのかな。少女趣味な恰好をしたサエコさんも、こちらとしては見てみたいんですが。

このエピソードでの見所は、何といってもデパートの屋上遊園ではしゃぐヤイさんの姿でしょうか。
大ダンナさんのお屋敷の前に捨てられていたのを拾われ、今はコーイチの家に住み込んで働いている彼女は、普通ならば子供の頃に遊びに連れて行ってもらうような場所に全く縁が無かったんだなあ、ということがはっきりと分かる場面でした。
それでも歪むことなく真っ直ぐ育ち、遊具を見て子供のように瞳をキラキラさせているヤイさんが愛らしい。彼女には本当に幸せになってもらいたいものです。

後半のヤイさん慰安旅行の話については、雑誌掲載時に既にちょろっと感想を書いてるんで、あまり言うことは無いような感じ。
単行本描き下ろしとして、『温泉迷宮-そのころのサエコさん-』という4P漫画が収録されています。ヤイさんが書置きを残してかつて働いていたお屋敷へ足を運んだ日、サエコさんがどうしていたか(といっても、本編でも言っていたようにお風呂に浸かってるだけなんですが)が描かれているので、サエコさんスキーはこれだけのためでも買うべき!なわけですよ。
ところで、ヤイさんがサエコさんのその豊かな胸に驚くシーンがあるんですが、雑誌掲載時は湯気で隠れていた部分がもしかしたら単行本では解禁……そんなふうに考えていた時期が僕にもありました。
ちなみにこの描き下ろしでは、かつてヤイさんと共に働いていたタエさんの一糸まとわぬ姿が堪能できるので、彼女のファンも手に取ってみてはいかが。



関連:『木造迷宮』感想(2)
テーマ:漫画の感想
ジャンル:アニメ・コミック
響子と父さん

COMICリュウにて連載されていた漫画の単行本です。
イラストレーターの響子さんと一風変わったその「父さん」、2人のやり取りを軸に主にコミカルに、時にシリアスに描かれる家族模様が魅力的な作品。

父さんがかわええ……

響子さんも主要キャラであることに間違いはないんですが、主に話を引っ張るのも笑いを提供してくれるのも、父さん(岩崎幸太郎)の方です。
石黒正数先生の作品にはトボけたオヤジが多数登場していますが、その中でも個人的にはこの父さんが特に好ましい気がします。こんなオッサンに僕はなりたい!……かもしれない。

何がイイって、そのちょっとズレた価値観と言動です。
暴れん坊将軍の練習だとか何とか言って「バシッ バシーッ」とSEを口に出しながら、愛刀ヨシムネ(模造刀)を振り回す父さんはこう……見ていて和んでしまいます。定年退職して童心に戻ってのんびり遊べる環境を得たことで、元々の子供じみた遊び心がいい具合に開花したのかな。
幼いと言ってしまえばそれまでなんですが、ある程度分別と知識を得て人生経験を積んでいるからこそ、子供と同じようなことをしても、また違う面白みがそこには生まれてくるように思うんですよね。子供がヒーローになりきって遊ぶのとは違い、その目指すものになれないのは理解しているからこそ、暴れん坊将軍を自分の中に落とし込んで「練習」している姿は何気にアツイ。

言いたいことが婉曲に過ぎてなかなか真意が伝わりにくい父さんですが、そこでの独特のセンス溢れる話の進め方も、また魅力的。
実家のすぐ隣のマンションを住居兼仕事場として一人暮らしをしている響子さんに対し、絶妙な距離感の話を持ち出そうとした父さんは、何故かまず菜箸の話題を持ち出します。インスタントラーメンを鍋で茹でる際に菜箸を用いるのが面倒なので普通の箸を使ってみたところ、短くて熱かった、と。そこから菜箸の実用性と長さの関連性、素晴らしさを語って本題へと敷衍したかったというのは分かる……分かるんだけども、長いよ父さん!
響子さんはそんな父さんの話を最後まで聞かずにぶった切ってしまうわけですが、それも致し方ないように思います。とはいえ読み手としては父さんの真意を掴んでいるわけで、このとてもコミカルな父さんのファンになっている場合、もうちょっとだけ耳を傾けてあげてよ響子さん!という心情になってしまうこと請け合い。

上記に加えて、かなり無鉄砲だったり(非常ベル鳴り響く廃マンションに乗り込もうと、颯爽とドアを開けて現れる父さんの姿には吹き出してしまいました)、変なところで見栄っ張りだったりと、他にも色々と愛すべき点を持ったオジサン「父さん」がとても好きになってしまいました。

『ネムルバカ』との関連性(これはググった方がよく分かります)

『ネムルバカ』との関連性は、多分あるんだろうと思います。
響子さんのお母さんの実家が経営していた食堂名が"くじらい食堂"なので、『響子と父さん』の春香が母親の旧姓を使って「鯨井ルカ」と名乗ってたんじゃないかな、と。
第2話が掲載されてたリュウは買ってなかったので、4月号を読んだ時には気付きませんでした。某所某スレでは先月末に既に指摘されてたんで今更な話題なんですが、触れる機会が無かったのですっかり忘れてたというお話。

ということで、『ネムルバカ』よりも時系列的に後なんだろうと思われる話がこの『響子と父さん』。時系列以外にも『ネムルバカ』の先にあるステップというか何というかが、この作品には描かれているように感じました。
それは失踪した春香(ルカ)が家族に連絡を取ろうとしているところや、表紙の折り返しにきちんと彼女も加わっているところから何となくイメージした程度なんですけども、『ネムルバカ』で綴られていた、モラトリアムに顕著なあの真綿で首を絞め続けられているような感覚から自力で抜け出せようが抜け出せまいが、一旦歩を緩められる休憩所みたいなものが誰にも残されてるんじゃないかな……と。
春香(ルカ)にとっては、岩崎家という空間がそれなんじゃないでしょうか。大学を退学するのと同時に家族の前からも姿をくらましてしまった彼女は、もしかしたらまだ体にまとわりつく焦りや苛立ちから逃げ切れずにいるのかもしれませんが、それでも家族という拠り所を失ってはいないし、それと繋がっていようという気持ちは確かにある。父さんが幸せなのかどうかを問おうとしている(ように読める)彼女がその答えを聞いてどうするのかは想像するしかありませんが、この後の展開はそんなに悲観的なものじゃないだろうと、僕は勝手に思っています。



どうでもいいですが、「キャッキャウフフ」は雑誌連載時のままになったんですね。百合的要素を含ませようが含ませまいが「キャッキャウフフ」は「キャッキャウフフ」だと思うんで、僕としては一安心(というのも何か違う気がしますが)。

追記:COMIC ZINで買うとイラストカードが付いてきます。そこで、岩崎春香と鯨井ルカは同一人物というようなことが書かれてますね。有隣堂(秋葉のみ?)やまんが王倶楽部でも同じ絵柄のペーパーが貰えるという話なので、気になる方は覗いてみてはいかがでしょう。

石黒正数先生のサイトはこちら→"おかんの家4"
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ジャンル:アニメ・コミック
水面座高校文化祭(1)

good!アフタヌーンにて連載されている漫画の単行本。
そこに描かれているのは、水面座高校なる高校で行われる文化祭を巡る群像劇。人間から人外まで、まさに色とりどりの思惑、様相がその空間と時間には溢れています。

試読はこちらから。

「文化祭」という舞台と、それに魅せられる人達

高校の文化祭を主軸に置いた作品なので、見所の1つはやはり、そこに携わる少年少女達が放つ熱意やら何やらのごった煮。普段はそんなに学校生活に熱心じゃない彼だって、生真面目でキツさが目立つ彼女だって……老いも若きも(って程には1年生と3年生じゃ変わらないですけども、1年生からしてみると最高学年ってやっぱり少し大人なイメージがあったりしません?)その入れ込みの度合いは違えど、1つになって何かを作り出そうとするその姿には眩しさを覚えてしまうんですよね。

そんな一体感を味わわせてくれるのが、文化祭という特別なステージ。
高校生ともなると、自分は何かを学んでいるのか、得ているのか、仮に何かを身に付けられたとしても、それが今後の人生に資することはあるのか……ひょんなことから、そんな疑念に取りつかれてしまう人も少なからずいるんじゃないかと思います(恥ずかしながら僕も、微かにそんな気はあったかも)。部活であったり学外での生活であったりに拠り所を求められればそれでイイんですが、中にはそういった方向に歩めない人間もいたり。
そんな人間でも文化祭という、熱に浮かされた感すらある空間と、平時の何倍も密度の濃い時間を兼ね備えた舞台の前では、「自分にも何かできるかも、やれるかも」みたいな希望を抱けたりすることもあります。その希望がその場で叶うか、叶わないか、それとも叶っていたことに後々気付けるのかは分かりませんが、そういう気分に至らせる特殊な空気がそこにはあると思うんですよね。日常生活の場である学校が、一大イベントの会場に変貌するその様子には、修学旅行のような完全に非日常的なイベントでは持ちえないある種の魔力があるんじゃないか、と。

ところでこの水面座高校ですが、女子校が共学になってから3年目という設定で、これがまた生徒達の輝きに一味を加えているように感じます。端的に言うと、女子校という旧体制の人々が去ってから初めての自由な文化祭、という考えが一部の生徒の中にあるんですね。そういう意味では、新しいものを作ろうという意気込みが加味されるわけで、勢いアツさが増すわけです(実際にどの程度、女子校時代の生徒達による見えない「縛り」があったのかは想像することしかできませんが、第4話での文化祭実行委員・林田真子と、生徒会長補佐である水乃早姫の会話を見る限りでは確かにアレっぽい)。

「文化祭」を引っ張るのは、圧倒的なリーダーシップ

そんな水面座高校の文化祭の準備を取り仕切っているのが、文化祭実行委員長たる花屋敷都(表紙)。
彼女は文化祭にぞっこんで、実行委員を務めて3年目というベテランなのです。そんな彼女だからこそ、生徒達の熱意を1つにまとめ上げて、上手に割り振ることができる。スキルは十分。
そして文化祭に惚れ込んで誰よりも真面目に向き合い、誰よりも働き回るからこそ、他の生徒も付いてくる。ハートも申し分ありません。

文化祭実行委員として奮闘する林田真子は、自身はさほど文化祭には興味は無いにも関わらず「私はあいつの守るものにつきあってみようと思っただけでさ」と都の必死さに惹かれて働いていることを明らかにしていますし、都のことを「文化祭にぞっこん」だなんて評して、ずっとその横でサポートしている副委員長の草野くん(作中ではずっと着ぐるみの頭部をかぶっているため、素顔が見えません)も、多かれ少なかれ彼女の熱意に感得してる部分はありそう。身近な人間を理想的な形で引き込んでいくその様子にも、まさに文化祭のリーダーにふさわしい資質が見てとれるんでないでしょうか。

更に都が文化祭に巻き込んでいくのは、学生だけに止まりません。
食堂のおばちゃんから商店街の気のいい人達まで、都の応援ひいては文化祭の援助のために駆け付ける様子には、都の顔の広さと好ましい人柄がよく分かります。色々な人との繋がりを作っているのは、文化祭のことを意識して……というわけではないと思います。それにも関わらず、こうも上手く物事が回ってしまうってのはもう、都が「水面座高校文化祭」という何かに愛されているからなんじゃないか、なんて考えてしまいますね。

もう1つの非日常

さてさて、ここまで文化祭と都についてちょろちょろと書いてきましたが、この作品の魅力は勿論それだけに止まりません。何といっても釣巻和先生の作品ですからね、この世界にもきっちりと不思議なファンタジーが練り込まれているわけですよ。
あまり詳細に語ってしまうと、それはそれで未読の方(こんな駄文を読んで、この作品を見てみようなんて奇特な方はいないとは思いますが)の興味を逆に殺いでしまいかねないので、軽く触れてみます。

まず、宇宙人が登場します。しかも体操服(下はブルマ)に白衣を羽織った少女です。
これで自称宇宙人だったらただのヤバイ子なんですが、どうも転校してきたばかりの少年・天粕流太と、都にしかその姿は見えていない様子。
そんな彼女は流太に向かい、「実は君のせいでね あと数時間でここに隕石が落ちる予定なので!」なんて突然の爆弾発言を投げつけます。もうここからしてわけが分からんし、流太と別れた後の台詞も意味深なものだしで、一体彼女の目的は何なんだろう……と謎は尽きません。

更に、おばけも幽霊も出てきます。
人体模型に絵から飛び出したモーツァルトに透明人間に……という感じのおばけ達と、文化祭の日に事故にあってそのせいで学校に居着くことになってしまった幽霊少女・花子さん。
おばけ屋敷の仮装と偽って文化祭を謳歌する人体模型達が、妙に陽気で面白い。見た目とのギャップも相俟って、何とも親しみやすいキャラ達です。

とまあこんな具合に、日常と非日常が混和した文化祭には、普段は日常に潜んでいる非日常であるおばけ達も現れてくるわけですね。

誰のための「文化祭」なのか

都が1人で頑張っているからって、文化祭は彼女だけのものではありません。「たった一日が決してひとつとは限らないでしょ?」という、文化祭を見守っている誰か(単行本1ページ目で、生徒達のざわめきに紛れ込んで台詞を発しているのと同一人物?)のモノローグからも、そんなことを感じました。

例えば上で触れた流太にとっての文化祭。
彼は宇宙人から幽霊まで、普通の人には感じ取れないものをその目で捉えることができます。そのせいで人に嘘つき呼ばわれされたり、疎外感を味わわされたりしてきた彼は、いつしかあらゆるイベントで目立たずに逃げ切るようになってしまったわけですが、この文化祭においては与えられた役割をこなそうと奮起します。
そこには隕石落下阻止という目的があるわけですが、そんな状況を生んでしまった(流太に隕石を呼ばせてしまった)のも文化祭ならば、何もせずに責められるならせめてそれに立ち向かおうという勇気を持たせたのも文化祭。

例えば透明人間と花子さんにとっての文化祭。
透明人間はとにかく目立たない、地味な存在。それでも誰かの役に少しでも立てたら、と思いつつ文化祭で湧く校内を1人歩き回ります。前日の夜中には破れたポスターを修復したり、なんてことまでしてるんですね。
かたや花子さんは文化祭に対してあまりいい感情を持っていないらしく(当たり前といえば当たり前か)、ポスターを破いてみたりしていたわけです。
そんな2人がひょんなことから出会って、出店を覗いたり何だりして練り歩く様子はとても楽しげ。そして最後には、透明人間は自分の在り様をしっかりと掴み、花子さんも自分の抱える感情に決着を付けることができるのです。それもこれも、普段ならば交差しない2人が巡り逢えたからこそ起こった、(ある意味では)奇跡なわけですね。その邂逅を演出したものこそが、文化祭なのです。

勿論それ以外にも、登場するキャラクターの分だけ文化祭のカタチはあって、この作品はまだまだ色々な物語を見せてくれるんだと思います。
人にとっても人外にとっても、特別なものになっていく文化祭。僕にとってもこの『水面座高校文化祭』は、在りし日の記憶を蘇らせ、しかも今までとは違った見方まで与えてくれる、ある意味では特別なものになった気がします。



というわけで久々の長文でした。文章を書くスピードが人並にあるかどうかもアヤシイ僕ですので、恐ろしい程に時間がかかっております。けどこうやって好きな作品についてだらだら書き連ねてると結構楽しいから、まあいいや。

釣巻和先生のサイトはこちら→"雨花"

関連:『くおんの森』感想(1)
テーマ:漫画の感想
ジャンル:アニメ・コミック
今月27日にはドラマCD第2弾の発売を控えている『孤独のグルメ』、最新話が昨日発売のSPA!に掲載されているとのことだったので、つい先程近所のコンビニにて購入。SPA!を手に取ったのはほぼ半年ぶりってとこでしょうか。

どんな漫画なのかは僕がイチイチ説明するよりググった方が早いです。
端的に言うと、イイ年したおっさん(井之頭五郎)がこだわりの無い食事をこだわりをもって楽しむ様子、そしてそこで発される意味があるようで無いモノローグを噛みしめる漫画です。この説明だとそれ面白いの?なんて感じになると思いますが、どこか厭世感を漂わせたゴローちゃんのその1つ1つの所作、言葉が哀愁をもって僕の心を離さないわけですね。
そして、そんな彼の魅力を余すところなく伝えてくれるのが、谷口ジローさんのこれでもかってぐらいに丁寧な描写なわけです。細部まできっちり描かれているので、ゴローちゃんの心情が伝わり易いとでもいいましょうか。

前話では少し痩せたように見えたゴローちゃんですが、今話では全体的に柔らかく(それと、ちょっとしょぼくれたように)感じます。それもそのはず、ゴローちゃんが話の所々で、かつての恋人である小雪との思い出(出逢いのきっかけだとか)に浸っているからなんですね。まさか回想シーンとはいえ、小雪を再び見ることになるとは思いませんでした……結構引き摺ってるんだなあゴローちゃん。

さて、今回の舞台は信濃町のペルー料理店(モデルはこちら)。
インカコーラは「おもちゃっぽい味」だとか、ロモサルタードとやらは「「インカ帝国」のイメージとかけ離れたご近所味」だとか、相変わらず独特の言い回しがたまりません。かつてチェリオを評した「ワザとらしいメロン味」は何となくイメージが湧きましたが(飲んだことがあったからかもしれませんが)、おもちゃっぽいとは全く想像がつかないですね。
ついでに、相変わらず食べ物をダブらせる(今回はタマネギ)姿もたまりません。まあ全体的に美味しそうに食べてたんで、美味いんだろうなってことだけは分かりました。お店は秋葉原から近いし、今度漫画を買いに行く時にでも覗いてみようかな。

どうでもいいけど、店長のお母さんらしき人が一瞬シャボテンの人とかぶってしまった。何でだろう、手付きのせいかな……
テーマ:漫画の感想
ジャンル:アニメ・コミック
はじめてのあく(4)

週間少年サンデーにて連載中の、居候コメディ漫画の単行本ももう4冊目。
渡キョーコ(表紙・眼鏡っ娘)の家に居候として転がり込んだイトコの阿久野ジロー(表紙・雪玉を当てられてる学ランの少年)は、正義の味方によって壊滅させられた悪の組織"キルゼムオール"で科学者として活躍していた、常識を欠いた傍迷惑な少年。そんなジローと、彼に振り回されたりちょっと好意を持ってキュンとしちゃったりなキョーコの姿を描いた作品です。
そういえば表紙の季節は冬ですね。これで四季が出揃ったことになるのかな。次巻以降が楽しみです。

主なキャラ紹介、既刊の試読は公式ページでどうぞ。

今巻の前半では、3巻(感想書いたつもりが何故か記事が残ってない……)の終盤から引き続いて、里帰りするジローとそれに付き添うキョーコの2人旅の様子が描かれています。
その中でもやはり注目は、第28話『名古屋はええよ!』(どうでもいいけど、やっぱりこの後には"やっとかめ"と続くんですかね)ではないでしょうか。こっそりと付いてきているエーコの策略により、新幹線の切符を紛失したということで名古屋で途中下車するジロー達。これまたエーコの目論見通り、2人は名古屋を回り青春を満喫します。食事は何か1品を頼んで分け合って食べるとか、もうね……現状でも満足してるんですが、そういったシーンだけに焦点を当てたものを1話丸々読みたいなあ。

さて、このエピソードの最大の見所は何といってもお泊りです。
宿に着くなり蒲団に倒れ込んで寝てしまうジロー。それを見たキョーコは、「おフロ入ってこよーかなー!」なんてわざわざ口にして反応を確かめるわけです。シャワーを浴びてる最中にも、ジローが全くちょっかいを出してこないことにどこか不満気だったりして……おいおい、可愛いなあ。何だかんだいいながらも、シチュエーションが整ってしまった以上は何かしらイベントが起こるんじゃないか、なんて考えてしまうキョーコを見ていると和みます。

しかしそれに輪をかけて「可愛い」としか言いようがないのが、我らが主人公・ジローでしょう。シャワーを浴びそのまま就寝したキョーコの横で、実はジローはしっかり起きていたりするのです。心音の大きさで寝たふりがバレてしまうんじゃないか、なんて胸中でパニックを起こしながら。宿の同室に2人きり、しかも蒲団は隣り合わせという状況に耐え切れずに狸寝入りしてみたものの、キョーコもすっかり寝入ってしまい、どうしたらいいのか分からなくなってしまったってところでしょうか。
キョーコが無防備な寝顔を見せた時には、ジローの理性はもう飛びそうになってたりします。それでも結局は手を出せないジロー。何かアクションを起こせれば、それが無理ならいっそ空寝のまま本当に眠れていればまだ楽だったろうになあ……とはいえ、彼のこういった純で半端にダメなとこがイイんですよね。
こんな感じのエピソードを始め、普段は変人扱いされてて実際に突飛な行動が多いジローをふと近くに感じる瞬間が、幾つも作中に散りばめられているように感じました。いや、勿論ジローの方が余程スペック高い(ビジュアルにせよ精神的な面にせよ)んですけどね、変な仲間意識みたいなものが1巻から少しずつ形作られてるんですよ。決してリア充とはいえないグループの中で、それでも誰か1人が一皮むけそうな時に、「がんばれがんばれフトシーッ!(仮名)」と応援してるみたいな気持ちとでもいいますか。分かり辛いな。

そういえば今巻にて、今後準レギュラーキャラとなるキョーコ乙型が登場しました。キョーコが風邪を引いた際に家事を手伝ってみて、その大変さを痛感したジローがキョーコのサポートのために作り出した家政婦ロボです。
ちなみに、キョーコが風邪で寝込んだエピソードでは、自らの不甲斐無さに涙するジローにおぶさった状態のキョーコがギュッと抱き付いて慰めていたりして(まあ風邪で頭がぼんやりしていたせいでの行動ではありますが)、ジローの心の成長であるとか、2人の関係のゆるやかだけども確実な進展であるとかにほっこりさせられました。個人的には、上に挙げた第28話と並んでこの話が特にお気に入りかな。



藤木俊先生のブログはこちら→"藤木屋"

関連:『はじめてのあく』感想(1)(2)
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